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てつがく一問多答

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野狐禅さんの回答

これは哲学を語るってどういうこと?の回答です。

哲学は主張ではない。
問いの空間の設定である。

これがニーチェだ(講談社現代新書)
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僕にはこの言葉が強く印象に残っていて、哲学をするときいつもこの言葉を思い出します。

例えば「宇宙人は存在するのか?」と問うた時、哲学を語る上においては「いるとか、いないとか」はあまり重要ではなくて、また、「なぜいると思うのか?なぜいないと思うのか?」は少し重要だけどそれほど重要ではなくて、最も重要なことは「宇宙人は存在するのか?とはどういうことか?」ということではないか、という印象が「哲学」にはあります。
つまり、「宇宙人は存在するのか?」という問いが本当に問題にしていることは何なのかという、問いの核心部分を明確にしていく
「問いの空間の設定」にこそ哲学があるように思います。

「私とは何か?」「哲学とは何か?」「私はなぜ生きているのか?」という問いが哲学的な話題と思われるのは、それらが一見しただけでは答えがわからないような抽象的な話題であり、「私とは何か?」が言わんとしていることは何か?ということを問題にしないと先に進めないからこそ、これらが哲学的話題とされているのではないでしょうか。
宇宙人がいるかいないかとか、私が何者なのか、その答え自体は哲学において価値がなく、あくまでその「終わりなき過程」が哲学だと思います。

「単なるおしゃべり」とは、問いを発せず各自が知っていることや感想を延べ合う行為であり、「哲学を語る」とは、その背後に「問いを語る」ということが存在する会話のことだと思います。

「コンビニ哲学」とは、コンビニにでも行くような気軽な感覚で、日常にある身近な出来事を題材にして物事を考えることだと考えています。

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「てつがく一問多答」は、当メーリングリストで取り上げられた哲学的なテーマに対して、参加者が回答を寄せたものです。

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